🥐第45回 「フランスの学生デモ、フランスの教育は本当に冷遇されたのか?」
☕ イントロダクション
先生が足りない。校舎を直してほしい。もっと教育にお金を。
もしかして、その根っこには、フランス経済の悪化があるのでは?
フランスは借金で首が回らない、学校まで手が回らない。
そう考えると、いろいろなニュースがつながる気がした。
ところが、お金の使い道を調べ始めると、話はそう簡単ではなかった。
教育費は増えている。
しかし、当然ながら、「教育費が増えた」と「学校が十分に支えられた」は、同じ意味ではない。
今回は、フランスが教育の、何にどれだけ使ってきたのかを探ってみる。
✉️ このニュースレターは…
「これから、フランスはどうなっていくのか?」
既存メディアや一次資料からフランスの社会事情を読み解き、「だから今、何を考え、何をすべきか」を探るニュースレターです。
シリアスなフランス語ニュースも日本語で味つけ。蓋を開ければ「酒の肴」──そんな鯖缶のような通称「鯖刊」です。
📚国の教育支出額は増えている
国の「学校教育」に使ったお金は、ここ10年で名目上、約30%増えている。
2015年約663億€
2024年約864億€。
数字だけを見ると、「教育費が削られ続けている」という説明は当てはまらない。
けれど、この増加には物価上昇や教員年金への拠出も含まれる。
国全体の支出が増えることと、目の前の学校に十分な先生がいて、壊れたトイレが直ることは、同じではない。
2015年の上院報告書:Projet de loi de règlement du budget et d'approbation des comptes de l'année 2016
🧍生徒1人に使うお金はどう変わったのか。
過去10年の推移で、2015年を基準値とした場合、
増えているのは、幼児・小学校教育(緑とピンク)で、赤(普通・技術系高校)と、青(職業系高校)はほとんど増えていない。
つまり、教育費は増えても、その増加は、どの教育段階でも同じように起きたわけではないことが分かる。
高校の種類 | 2015年の額を2024年価格に換算 | 2024年の額 | 2015年比 |
|---|---|---|---|
普通・技術系 | 約13,130€ | 13,020€ | 約−0.8% |
職業系 | 約14,760€ | 14,700€ | 約−0.4% |
もちろん、横ばいだから不足している、と即断もできない。
ただ、学校が対応しなければならないことが増えているなら、10年前とほぼ同じお金で、より多くのことをこなさなければならない。
次に確かめたいのは、
では、そのお金で今の学校に必要なことを、十分にまかなえているのだろうか。
参考資料:
- INSEE「Dépenses d’éducation」
- 教育省DEPP「En 2024, 197,1 milliards d’euros consacrés à l’éducation, soit 6,8 % du PIB」
- 同資料のPDF:Note d’information n°25.52
🧑🏫採用枠があっても、先生はそろわないのか?
学生の要求に、「先生がいない授業が多すぎる」というのがある。
国がもっと予算を出して、先生を採用すれば解決するのだろうか?
ところが、募集した枠が、すべて埋まるとは限らないという現象が起きている。
教育省によると、2025年の職業高校の教員採用試験で埋まったのは、募集枠の85.2%。前年の80.7%より改善したものの、約15%の枠は埋まらなかった。
つまり、採用枠を用意しても、試験を通じて予定どおりの人数を確保できていないのだ。
ただし、この不足分を契約教員などで補う場合もあるため、約15%がそのまま学校の教員不足率を示すわけではない。
では、教員という仕事の待遇はどうなっているのだろうか。まず、教育費に占める人件費の割合を見てみよう。
出典:Eurostat公式データ「gov_10a_exp」(フランス、一般政府S13、教育GF09、人件費D1÷総支出TE)。
この数字から分かったのは、
公的な教育支出の約7割は、人件費。
その割合は、この10年でほとんど変わっていない。
ただ、支出全体が増えたので、人件費の金額は増えている。
では、その増加は、先生1人の給料にどう表れているのだろうか。
上のグラフの青い線である初任給はここ10年で、約3万2,200ユーロから約3万4,800ユーロへ。約8%増えた。
一方、経験15年の教員の給与、グラフの赤い線は、約3万8,900ユーロから約3万9,200ユーロへ。増加は約0.6%で、ほぼ横ばいだ。
これを月単位の平均にしてみると、
2015年 | 2024年 | |
|---|---|---|
初任給 | 約2,685€/月 | 約2,903€/月 |
経験15年 | 約3,243€/月 | 約3,264€/月 |
といった感じ。
初任給は増えているが、15年のキャリアの給料は明らかに動いていない。
そこで、
経験年数別の月給平均を見てみると、
キャリアの目安 | 額面月額 | 増加額 |
|---|---|---|
研修終了後の初期段階〈第2段階〉 | 2,639€ | — |
約9年半から〈第6段階〉 | 2,850€ | +211€ |
約15年半から〈第8段階〉 | 2,995€ | +356€ |
約19年から〈第9段階〉 | 3,157€ | +518€ |
通常級の最上段階〈第11段階〉 | 3,533€ | +894€ |
上位級〈hors-classe〉の最上段階 | 4,261€ | +1,622€ |
※公式表の「額面基本給」と「額面手当」を足した金額。残業代などは別。年数は通常の進級の目安で、上位級への昇進時期には個人差がある。
この数字から言えることは、
10年のキャリアで、月額211€のアップ、
15年なら356€、20年なら518€。
この数字、あなたなら多いと思うだろうか?少ないと思うだろうか?
しかも、この額は額面上であって、手取りはさらに、ここから下がる。
政府は、教員不足解消のために、初任給を高めに設定してきた。
初任給は、この10年で8%上がっている。
しかし、経験15年の教員の給与は……。
現在の給与表を見ても、経験を積むことで得られる昇給は、先ほどの金額だ。
この待遇を見て、「先生になりたい」「この仕事を続けたい」と思えるだろうか?
もちろん、募集枠が埋まらない理由が、給料だけにあるとは言えない。仕事の負担や勤務地なども関わってくる。
それでも、採用枠を用意すれば、先生がそろうとは限らない。
教員不足を解消するには、雇うための予算に加えて、その仕事を選び、続けたいと思える待遇になっているかを確かめる必要がある。
参考文献:教育省「Concours enseignants de la session 2025」
🔥情熱と現実の間
教育省DEPPが2024年春に行った、高校で働く教職員に対する調査結果がある。
それによると、
次の質問に対して、「そう思う」と回答した割合を見ることができる。
質問 | 公立の普通・技術・総合高校 | 公立の職業高校・適応教育施設〈EREA〉 |
|---|---|---|
仕事で人の役に立っている | 73% | 71% |
仕事で自分の好きなことをしている | 85% | 83% |
仕事に見合う給与を受け取っている | 23% | 26% |
仕事に必要な時間が十分にある | 52% | 59% |
適切で十分な設備・教材などがある | 47% | 44% |
同じ仕事を定年まで続けられる | 41% | 42% |
出典:DEPP『Le vécu au travail des personnels du second degré, en 2023–2024』図3。
この調査では、回答が約3万5,000件集まった。なお、以下の割合について、学校種別・設問別の回答者数は公表資料に記載がないが、
この数字をみると、
約7割が『人の役に立っている』と感じ、
8割以上が『仕事で好きなことをしている』と答えている。
しかし、仕事の内容を肯定する人は多い一方、給与が仕事に見合うと感じる人は約4人に1人。
さらに、
給与だけでなく、働くための条件に対する問いでは、
学校に十分な設備や教材があると答えたのは半数未満。
待遇を考える際には、給与とともに、仕事に必要な時間や環境にも目を向ける必要がある。
「給与が低いから採用枠が埋まらない」とは断定できない。
が、現場で働く人の多くが、「仕事に見合う給与だとは感じていない」という事実は否定できない。
次に、辞職による離職の統計を見てみよう。
年度 | 自主退職者数 | 教員全体に占める割合 |
|---|---|---|
2014–2015 | 804人 | 0.12% |
2015–2016 | 1,002人 | 0.14% |
2016–2017 | 1,232人 | 0.18% |
2017–2018 | 1,417人 | 0.20% |
2018–2019 | 1,664人 | 0.23% |
2019–2020 | 1,598人 | 0.23% |
2020–2021 | 2,430人 | 0.34% |
2021–2022 | 2,859人 | 0.41% |
2022–2023 | 2,489人 | 0.36% |
2023–2024 | 2,392人 | 0.35% |
2024–2025 | 2,095人 | 0.31% |
出典:DEPP『Panorama statistique des personnels de l’enseignement scolaire 2025–2026』第11章。原表の‰を%に換算。
長期でみると、
ここ10年で、0.12%から0.31%と約2.5倍。
しかし、この数字は全体の割合で年0.3%程度。 この数字だけで「大量離職が教員不足の主因」とまでは言えない。
意外に、教員を自主的にやめる人は少ない。
一方で、
研修中の教員は辞職率が高い。
2024–2025年度は2.65%。
つまり、教員全体の辞職率0.3%に比べ、キャリアの入り口で辞める割合は実に約9倍。
この0.3%は、「辞職+合意退職」の制度変更に伴う数字なので、純粋な辞職率同士で比べるなら、教員全体は0.20%、
2.65% ÷ 0.20% = 約13倍にものぼる。
初任給を上げても、最初の研修時に教員職という情熱が覚めてしまってはどうにもならない。
🏫学校への設備投資は増えている
教育費予算の7割は人件費だということは分かった。
他の3割はどんな感じだろう?
人件費以外は、主に次の4つだった。
- 日々の運営費(光熱費、教材、消耗品、清掃など)
- 建物・設備への投資(校舎の新築、大規模改修、設備購入など)
- 生徒・学生への支援(奨学金など)
- 補助金・移転支出(教育機関などへの運営・設備支援)
トイレや建物の改修工事は建設・設備投資に含まれる。
その設備投資の割合はこの10年間横ばい。
下のグラフでは赤い色の割合。約7~8%。
ただ、額としては、2015年の約82億€から2024年の約115億€へ、約40%増加している。
年 | 建物・設備への投資額 |
|---|---|
2015 | 82.2億€ |
2016 | 77.2億€ |
2017 | 81.8億€ |
2018 | 86.6億€ |
2019 | 97.0億€ |
2020 | 82.5億€ |
2021 | 93.0億€ |
2022 | 104.0億€ |
2023 | 111.2億€ |
2024 | 115.4億€ |
ただし、これは物価調整前の金額。
40%増えたからといって、40%多くの工事ができるようになったとは必ずしも言えないところはある。
私は最初は、学校に使うお金が減ったから、トイレも直らないのかと思っていた。
ところが、建物・設備への投資額は増えている。
今回は数字のデータで追えるところをどんどん追ってみたのだが、ネットで流れているような、「使えるトイレが校内にない」とか、「先生のいない授業が多すぎる」といった証言を裏づける詳細なデータは、まだまだ公に出てきていない気がする。
もちろん、私の調査不足も否めないが、
つまり、
「前より多く使った」と「今、必要なことをまかなえている」は、別の話なのだろう。
「予算は増えました」の先に、「それで、何が使えるようになりましたか?」という問いの答えは、正直見つかっていない。
🍷エピローグ
学校の設備投資、改修工事は、国と地域圏が担う。
なので、例えばパリが含まれるイル・ド・フランス圏での工事件数なども探ってみた。
けれど、今回確認した公開資料では、どの学校で何が壊れ、いつ修理され、使えるようになったのか、など、議事録を追っても断片だけで、正確な数字は分からなかった。
お金を使った記録と、困りごとが解消された記録。
ちゃんとした実態を追うには、その両方が必要だ。こういった資料が今後出てくることに期待したい。
いつものように、デモに伴う怪我や物の破壊は、軽く扱えない。
が、一方でこういった大規模デモの発生で問題点が浮き彫りになり、社会に届くことには意味があると思う。
今回の動きは、学校を選ぶための、もう一つの視点も示してくれた気がする。
🤓ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。
この高校問題は、大統領選での話題の1つにもなりそうですね。
来週は本当に黄色いベスト運動復活でしょうか?
念のため、来週も注意していきましょう。
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それでは、また来週の土曜日に。お会いしましょう、ね?
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