🥐第34回「『死ぬ権利』は外国人にもある?! フランスが引いた不思議な境界線とは?」
☕イントロダクション
登場人物:
コモサバ = フランスに長期生息中のサバ
K子 = その友人でニュースオタク
コモサバ:
K子さん…もし、私がフランスで、死を選ぶことになったら?
K子:
朝からずいぶん重いな。
コモサバ:
私も、クロワッサンを食べながら話すことではないと思いますよ。
でも、フランスで「死への援助」を認める法案が最終可決されたでしょ?
あれを読んでいたら、ふと考えちゃったんです。
私はフランス人ではないけれど、フランスで死にそうになったら「死を選ぶ」ことはできるのかな、と。
K子:
結論から言おう、君は対象になりえる。
コモサバ:
えっ。外国人なのに?
K子:
その 「外国人なのに」というところが、今回の話のポイント。
そのポイントとはいったい何なのか。
2026年7月15日。
フランス国民議会は aide à mourir、つまり「死への援助」を創設する法案を最終可決した。
まず条文を読んでみると、意外な一文がある。
《2° Être de nationalité française ou résider de façon stable et régulière en France》[1]
「フランス国籍を有する、または、フランスに安定的かつ合法的に居住していること」[1]
この「または」が、なかなか面白い。
つまり、フランスに住む日本人は、フランス国籍がなくても居住によって、この法律の対象になりうる。
一方、東京やモントリオールに暮らすフランス人は、フランス居住者でなくても国籍によって、やはりこの法律の対象になりうる。
フランスに住んでいる外国人と、フランスに住んでいないフランス人。
普通なら別々の箱に入りそうな二人が、同じ法律の内側にいる。
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💉そもそも、フランスに安楽死はなかったのか?
コモサバ:
私は、フランスではすでに安楽死のようなことが認められていると思っていました。
K子:
実はそこは、フランス人同士でも混同しやすいところ。
厳密な意味での安楽死、つまり医療者が死を起こす目的で致死薬を投与する行為は、これまで認められていなかった。自殺幇助(ほうじょ)も同様。
ただし、2016年に成立した、クレイス=レオネッティ法によって、患者には治療を拒否したり、中止したりする権利がある。
医師も、医学的に無益な延命を続ける「不合理な固執」をしてはいけない。
たとえば、治癒不能な病気があり、死期が近く、治療しても取り除けない苦痛がある場合には、患者の意識を深く低下させ、その状態を死まで続ける「深く持続的な鎮静」は認められている。[2]
コモサバ:
それだと眠ったまま亡くなる感じですよね。外から見れば、安楽死とかなり近く見えますが。
K子:
見た目が似ていても、法律上の目的と手段が違う。
鎮静の目的は苦痛を取り除くこと。死を起こす量の薬を投与するのではない。死は病気の進行によって訪れる。いつ亡くなるかも、正確には分からない。
それに対して今回の「死への援助」は、致死薬によって死を起こす。
致死薬は本人が投与することが原則だが、身体的にできない場合には、医師か看護師が投与する。
つまり、自殺幇助と安楽死の両方が含まれるため、フランスの法案は、自殺幇助か安楽死か、どちらか一方の言葉を使うのではなく、aide à mourir(死への援助)と呼ぶことにしたようだ。
コモサバ:
フランスらしく、新しい言葉を作って論争を一つに包みましたね。
K子:
しかし、法案は国民議会では最終可決されたが、この記事を書いている時点では、まだ施行されていない。
まだ、憲法院の審査、公布、施行政令という段階が残っている。
⚰️「生きる気持ちがなくなったら」使える法律なのか?
コモサバ:
実はですね、私がこの法律を気にしたのは、義理の母のことを思い出したからなんです。
厳密には結婚していないので、「義母」と呼ぶのもなんなんですが……。
義母は脳の血管が破裂して、半身が麻痺しました。言葉も失い、寝たきりになっちゃったんですが……。
それで、何よりつらそうに見えたのは、身体が動かないこと以上に、自分の思いを周囲に伝えられないことだったんじゃないかと思ったんです。
言葉が出ない。伝わらない。
そのことに、ものすごく失望しているように、私には見えました。それから間もなくして、義母は亡くなりました。
本当の気持ちは、もちろん分かりませんよ。
でも私には、義母が身体より先に、生きることを手放していくように見えました。
だから最初、この法律は、生きていたいという気持ちがなくなった人のために、死までの距離を超高速で縮めてくれる法律なのかな、と思いました。
K子:
君の言いたいことは分かる。
でも、「生きたいように見えない」ことと、「死を選ぶ意思を表明した」ことは別。
今回の法案は、自殺幇助と安楽死の両方を「死への援助」として認めるものだけれど、誰かが本人の代わりに死を選べる制度ではない。
「本人が、自分の意思で死を選んだ」
ここを可能な限りはっきり確認することが、この制度全体の大前提になる。
家族にも、医師にも、本人の沈黙を「死にたい」という意思に読み替えることはできない。
そのうえで、今回の法案では、少なくとも五つの条件を、すべて満たさなければならない。
- 18歳以上であること。
- フランス国籍を持つか、フランスに安定的かつ合法的に居住していること。
- 生命を脅かす重篤で治癒不能な病気が、不可逆的な進行期または終末期にあること。
- その病気に関連する苦痛が、治療をしても取り除けないこと。あるいは、本人が治療を受けない、または中止すると選んだ場合に、その苦痛を本人が耐えがたいと感じていること。
- そして、十分な情報を得たうえで、自由な意思を表明できる状態にあること。
心理的な苦痛だけでは、対象にならない。
さらに、医師一人の印象だけで決めるわけでもない。
複数の専門職が条件を確認する手続きがあり、そのうえで、最終的な判断は申請を受けた医師が下す。
本人は説明を受け、最低二日の熟慮期間を置いて、もう一度意思を確認される。
薬を使う当日にも、まだその意思が変わっていないかを確認する。そして、本人は途中でやめることもできる。
コモサバ:
そうか、「自殺幇助」ですものね…。
じゃあ、義母のように話せなくなった人は?
K子:
話せないことと、意思を表せないことも同じではない。
法案は、文字で書けなければ、その人の能力に合った別の表現方法を使えるとしている。
失語症があっても、視線、身振り、文字盤などで、判断能力と意思を確認できる可能性を探る。
事前指示書に書いておけば、意識を失った後に家族が代わって申請できる、という制度でもない。
コモサバ:
じゃあ、いわゆる植物状態になって、意思を伝えられなくなった人には、この法律は効かない?
K子:
正確には、この新しい「死への援助」は受けられない。
たとえ、意識を失う前に「そうなったら死への援助を受けたい」と書き残していたとしても、それだけでは実行できない。
この制度では、申請したときだけではなく、薬を使う最後の段階まで、本人の意思を確認できなければならない。
なお、意思を表明できない人にも、従来のクレイス=レオネッティ法は適用される。
つまり、事前指示書などを踏まえた延命治療の中止や、条件を満たした場合の深く持続的な鎮静はあり得る。
ただし、それは致死薬を投与する「死への援助」とは別の制度になる。
❓外国人に開いて、海外のフランス人にも開く謎
これって、なんでフランスに住む外国人まで対象にしたんですかね。こういう権利は普通、まず自国民のものでは?
K子:
実は、国民議会の審議では、フランス国籍者だけに限定しようという修正案も出た。
しかし報告者のオリヴィエ・ファロルニ議員に言わせると、合法的に暮らす外国人を除外すれば、フランスの医療制度を貫く平等原則に反すると。[3]
まあ考えてみれば、フランスで暮らす外国人は、病気になったときだけ突然、フランス社会に現れるわけではない。
かかりつけの医師に通ったり、検査を受けたり、入院したり、必要なら緩和ケアを受けたりと、普段からフランスの医療制度を利用している。
その人を治療の過程では患者として扱いながら、最期の選択だけ「あなたは外国人なので別です」とするのは、医療制度として一貫しないと考えた。
コモサバ:
なるほど、フランスっぽいですね。
同じ社会で暮らしていて、同じ医療制度の中で治療を受けている人を、、国籍だけで排除しないっていうね。
K子:
議会報告では、死への援助にかかる費用を医療保険が負担するという、社会保障制度との結びつきが、国籍または居住条件を置いた理由として説明されている。
ただし、「フランスに来た外国人なら誰でも」というわけではない。
求められるのは安定的かつ合法的な居住。
つまり、死への援助だけを目的に一時的に入国した人は対象にならない。
コモサバ:
安楽死が認められているベルギーや、自殺幇助が認められているスイスに行って、死を選ぶみたいな、この制度を使うためだけに、一時的にフランスへ来る人は、はじくっていう線引きですね。[4][5]
K子:
そうそう。
ところが反対側を見ると、今度はフランスに暮らしていないフランス人が入っている。
コモサバ:
そこ、不思議ですよね?
安定的かつ合法的な居住が理由なら、海外在住のフランス人は外れそうですが。
K子:
でも条文は「国籍または居住」と書いている。
国外に暮らすフランス人は、居住ではなく国籍によって対象になる可能性がある。
上院の報告書も、この書き方なら国外在住のフランス人がフランスへ戻ってきて制度を利用しうると指摘している。
もちろん、国籍があれば自動的に適用というわけではない。
病状、苦痛、意思についてフランスの制度に沿った審査を受ける必要がある。
コモサバ:
あ、でもそこちょっと矛盾してません?
さっき、フランスに住む外国人を対象にする理由は、「安定的に、普段からフランスの医療制度の中で暮らしているから」でしたよね?
「ここで暮らしているか」が線なら、海外在住のフランス人は「ここで暮らしてません」よね?
K子:
そこが、この条文を、「フランスは暮らしを重視した、美しい理念」で終わらないところ。
コモサバ:
つまり、フランスは、「どこで暮らしているか」だけで境界線を引いたわけでもない?
K子:
そうなるね。
国外居住者の具体的な手続きや費用負担には、まだ施行政令で確認すべき部分もある。
だから現時点では、「フランスは、なぜ国外在住者まで国籍で制度の内側にいれたのか」という疑問が、完全に解けたわけじゃない。
🌏国境を引いたのではなく、二つの円を描いた
K子:
一つ目の円は、国籍によってフランスに結ばれている人。
二つ目の円は、生活と医療によってフランスと結ばれている人。
しかし、どちらかの円に入れば、死への援助が認められるのではなく、ようやく厳しい医学的条件と意思確認の審査へ進めるだけ。
どちらの円にも入らない国外の非フランス人は、入口で対象外になる。
コモサバ:
そうすると…私も二つ目の円にいることになりますよね?
外国人としてフランス社会の外側にいるような気がする場面は、今でもありますけど。
でも、ものすごい重い病気になったり、このまま老いて、死を迎える場面になったら、国籍だけが境界線じゃなくて、ここで暮らして、ここで医療を受けてきたこと自体が、フランスとの結びつきとしてカウントしてもらえるのかーって思ったりします。
K子:
いや、ただしあまり美しい話だけにしない方がいい。
この法律はようやく国民議会で最終可決して、憲法院の審査に入ったばかり。
居住の確認方法、国外在住者の費用負担、医師の良心条項、施設が拒否できる範囲、判断能力の評価など、制度が実際に動けば、難しい問題が次々に出てくるだろう。
実際、憲法院に出された申し立てでも、本人の自由で十分な情報に基づく意思をどう保証するのか、医療者や施設の良心の自由をどう守るのかが、争点として挙げられている。
この二つの円が、現実の運用でも同じように扱われるかは、これからだ。
ただ、今回の上院の報告書は、国外在住のフランス人も、「場合によっては家族の近くで最期を迎えるためにフランスへ戻り、この制度を利用できる」と説明している。
つまり、これが国籍によってフランスとつながっている人にも、入口を残したという理由のようだね。
コモサバ:
最期は家族の近くで…これは分からなくもないですね。
ちなみに日本は安楽死とか、自殺幇助は認められてるんですか?
K子:
いや、日本は延命治療をやめて、自然な死を迎える選択はあり得る。
しかし、致死薬を使って死を起こす安楽死や自殺幇助は認められていない。
コモサバ:
そっかー。
日本もフランスも、あーもう、楽になりたいなーって時に、意思の疎通ができないとか、植物状態とかだと、この「死への援助」を選べないんですよね?
だったら、自分の意思が表明できるうちに、「延命治療をどうしたいのか」とか、「臓器提供」とか、先に何を伝えておくべきかは、考えたほうがいいのかなーなんてね。
……まぁ、そんなことを考えさせられる法律でした。
K子:
まぁ、まずは、家族にでも話すところからかね。
コモサバ:
でもいきなり「私の死についてなんだけど」とかって切り出すと、食卓が凍りますね。
K子:
その場合は「実は、フランスの新しい法律についてニュースレター記事を書いていて…」で切り出すという手がある。
コモサバ:
なるほど!便利ですね、ニュースレター!
🤓ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。
安楽死や自殺幇助について書くなら、末期がんやALS(筋萎縮性側索硬化症)など、実際にどのような病気や苦痛が対象になり得るのか、など、その条件をもっと詳しく説明する記事にもできたと思うのですが…。
私の目が止まったのは、なぜか「国籍または居住」という、少し事務的にも見える一行でした。
海外に住んでいると、「どこで生きるのか」だけでなく、「どこでどんな死を迎えるのか」も、ちょっとドキドキする問いになりますね。
今回は、そんな少し違う入口から、この法律を考えてみました。
あなたは、この法律をどう思いますか?
ぜひ、コメント欄で教えてください。
コメントは、下の方の吹き出しマークからぜひ(その後ログインが必要です)。
そして、このニュースレターでは、「ここが気になった。」という一行にハイライトが引けます。(何も書かずに、『コメント』ボタンを押すだけ、ハイライトだけでも嬉しいです。)
線を引いて、その部分に「コメント」していただけると、非常に参考になります。
「とりあえず応援。」というあなたは…… ハートマーク(いいね)を押してください。
さて次回は、以前取り上げた、15歳未満SNS禁止法が、9月1日からの施行に向けて動き出しました。
前回の記事はこちら👇
本当に子どもたちはSNSを使えなくなるのか。年齢確認は誰が、どうやって行うのか。フランスは、ヨーロッパにおいて、先陣を切ってこのSNS禁止法の実験台になろうとしているようですが、はたしてどんな具体策を盛り込んできたのかなどを掘っていきたいとおもいます。
あ、でも、掘ってほしいテーマがあったら、遠慮なくご提案ください。
では、また来週の土曜日にお会いしましょう、ね?
参考文献:
[5] swissinfo.ch:スイスで自殺ほう助がタブーではない理由
[6] Mediapart:L’aide à mourir devient légale : quels malades auront accès à ce nouveau droit ?
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